三国志の定番、吉川英治の名作小説『三国志』の第10巻・完結編です。
『三国志』は、ただの娯楽小説ではない。「人間とは、何か」を、深くえぐり、考えさせる力を持っています。
初めて吉川文学に触れる人は、読書がますます楽しくなることでしょう。
かつて胸躍らせて『三国志』を読みふけっていた人には、再びあの感動を、読みやすい大きな文字でお届けします。
座して滅ぶより、出でて討つ
孔明、悲壮なる決意で北伐へ
孔明は、蜀の大軍を率いて、幾たびも北伐を断行する。魏を破り、先帝(劉備)の悲願・中国統一を果たすためだった。
痩身を削り、悲壮な覚悟で臨む孔明。しかし遠征六度めの戦地で、ついに病に倒れる。命旦夕に迫る中、夜明けの空を仰いで呟く。
「――悠久。あくまでも悠久」
雄大な大自然、この清々しい空は何百年後までも続くであろう。
「人命何ぞ仮すことの短き。理想何ぞ余りにも多き」
それに比べ、人間の命は、なんと短いことか。生涯になすべきことの、いかに多いことか……。悔し涙をたたえながら、独り嘆息する姿が浮かんでくる。
孔明の生涯は、無私純忠、受けた大恩に報いようと粉骨砕身した五十三年間であった。